痿証(痿病):重症筋無力症、筋ジストロフィー

肢体の筋脈が弛緩し、手足が萎えて力が入らなくなる病症のこと。下肢が萎えて歩けなくなる場合は多いことから、痿躄(いへき:「躄」とは、倒れ伏す、両足が萎えるという意味)とも称される。左右両側のこともあれば、片側のみのこともある。
痿証と判断するには三つの基準が必要となる。
・肢体が萎えて力が入らない。ひどい場合には、物を持ったり歩くことすらできない。
・患側の筋肉や肌肉が瘦せ細り萎縮している。
・温熱病の過程、あるいはその他の雑病の後期・末期で発症する。
『景学全書』痿証に「蓋痿証最忌散表、亦恐傷陰也」とあるように、痿証に対しては傷陰することが危険なので発表(発汗)させてはいけない。
西洋医学の多発性神経炎・急性脊髄炎・進行性筋委縮炎・重症筋無力症・筋ジストロフィーなど、症状が類似するものは、痿証の弁証論治を参考にすることができる。
1.湿熱浸淫、湿熱壅滞
〔病理〕
湿邪が経脈に浸み込み、営衛の運行が遮られ、鬱滞して熱を発生させる。それが長引けば気血の循環が悪くなり、筋脈筋肉が濡養を得られなくなって弛緩し、発症する。
〔特徴〕
外感発熱期あるいは発熱後に上肢または下肢が軟弱無力になる。ひどい場合には物を持ったり、足を地につけて体重を支えることもできない。徐々に肌肉が痩せ細り、皮膚まで乾燥して艶がなくなってくる。下肢に浮腫が見られることもある。
軽い浮腫・手を当てると微熱がある・しびれ・頑固な痒み・身体がだるくて重い・発熱・胸と上腹部の痞悶・尿量減少して赤く熱痛がある、舌苔黄膩、脈濡数。顔面の気色が黄色い。
2.肺熱傷津
〔病理〕
温熱邪の感受、燥邪が肺を傷る、邪熱が肺を犯す、病後の邪熱を清熱しきれないなどにより、肺の宣発粛降・水道通調失調によって津液が筋を濡養できないと痿証を発症する。また肺熱が津を損傷し、それが胃に波及して胃火が燃え上がり、脾胃の陰津が虧損されると、四肢の筋脈が栄養を得られなくなるため、手足が萎えて発症する。
〔特徴〕
最初発熱し、その後突然四肢が萎えて動かなくなる。皮膚の乾燥・心煩・口渇・むせる・少量の痰・のどの通りが悪い・空咳が多い・大便乾燥・尿量減少して黄色い、舌質紅・舌苔黄、脈細数。肺胃傷津は食欲減退・口とのどの乾燥などの症状を伴う。
3.肝腎両虚(肝腎陰虚)
〔病理〕
長期に渡り病を患いで精血が虚し、あるいは房労などが原因となって肝腎の精血が不足すると、筋骨経脈が濡養を得られなくなってくる。腎精が不足すると肝血も不足する。すると、肌肉・筋骨を濡養できないので痿証になる。
〔特徴〕
発症が緩慢で下肢が萎えて力が入らなくなり、ひどくなると脚の筋肉が萎縮していく。腰と膝がだるい・長く立っていられない・めまい・耳鳴り・脱毛・遺精・遺尿、舌質淡・舌苔白、脈沈細。
陰虚傾向の強いものは、口とのどの乾燥・手掌部と足底部の熱、舌質紅で乾燥・舌苔少、舌根部や舌部が無苔になることも多い。脈細数などの症状を伴う。
陽虚傾向の強いものは、悪寒・四肢の冷え、舌質淡で胖嫩、脈沈細遅など。
4.脾胃気虚
〔病理〕
もともと脾胃が虚弱であったり、飲食不節(油膩物の過食、飲酒過多)、長患いのために脾胃が虚したりすると、中気不足により気血津液を生化することができず、臓腑や四肢を濡養できなくなる。すると筋骨は栄養を得られないので、関節がうまく動かなくなり、筋肉が痩せて発症する。
〔特徴〕
四肢が萎えて力が入らず、ひどくなると萎縮する。全身倦怠感・食が進まない・腹脹・大便異常(便秘あるいは軟便や下痢)・泥状便・精神疲労・息切れ・顔色萎黄、舌質淡・舌苔白、脈細弱。脾胃虚寒は、悪寒・四肢逆冷などの症状を伴う。
5.瘀血阻絡
〔病理〕
産後の悪露が完全に排出されずに腰と膝に流入したり、外傷打撲など怪我をしたりすると、血液が凝滞して流れず、四肢の筋脈が栄養を得られなくなるので、痿証になる。
〔特徴〕
四肢が萎える・手足のしびれ・感覚麻痺・四肢に青筋(細絡や静脈瘤)が浮き出る・引きつれて痛む・四肢に固定性の刺痛・唇の色が暗い、舌質暗紫色か瘀点がある、脈渋。
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